2009年3月23日月曜日

お彼岸


 此のお彼岸の連休の間に、本島に墓参り,弟家族の家のリフォームの打合せ、お仕事の打合せ等色々な事が、一杯ありました、相手の都合で、20日は仕事の打合せと、瓜破でのお墓参り、夜に弟家族が来て、翌日打合せ、土曜日中に、何とかすべての用事を済ませ、明日は本島に墓参り、二日続いた晴天も明日は、雨、かなわんな〜〜そんな感じで、日曜日朝4時に大阪を発ち、千客万来(千円でせとおおはしがわたれる)の旅に出る、早朝から雨が降る。瀬戸大橋を渡るころから小降になり、フェリーに乗るころは雨がやんできた、本島に到着すると、雲の割れ目から日が射してきました。やはり日頃の行いがいいのか?? 雨に振られず、墓参りを終了、家の畑の雑草を刈り、お昼のフェリーで丸亀に着くと、なんと小雨が降ってきました。帰りにおいしいうどんを食べ、東山魁夷せとうち美術館を見学、ゆっくりと帰って,明石大橋を渡り、8時に大阪に到着、阪神高速神戸線は25kの大渋滞でしたが,山の中を抜け,渋滞に巻き込まれず帰ってきました。

2009年3月18日水曜日

豪州へ旅立つお見送り





 アクセスディンギーの世界選手権&豪州選手権に参加する為,伊勢からヨーコちゃん、瞳ちゃんが相次ぎ関空から出発しました,瞳ちゃんの付き添いに,愛ちゃんがつきあってくれました。おっちゃんは関空でお見送り,頑張ってきてね〜〜,大阪や伊勢の仲間が,彼女たちの活躍を期待しております。ゴールドコーストで開催される大会ですが,本当に頑張ってほしいです。現地には半年前から頑張って居る、直ちゃんたちが受け入れてくれます。みんなで楽しい思い出を造ってきてください。

2009年3月16日月曜日

エンジンが戻ってきました。




 昨年不調になった、我が愛艇,ぴぁぐれーすのエンジンが、部品を取替,整備塗装して,出来上がりました。15日朝から取付け作業,何とかもとの状態に戻りそうです。細かなセッティングを1〜2週間で行なって,4月からは走ることができるでしょう。ちょっと一安心です。

2009年3月10日火曜日

咸臨丸の水夫の子孫探し

私のライフワークか,使命なのか、咸臨丸に乗っていた、塩飽の水主の子孫探しが、大きく動いた此のひと月でした。サンフランシスコから,加州日系人慈恵会の関係者が長崎県と香川県に,コルマ墓地に眠る3人の水夫の子孫探しを伝えてきて,長崎県は諌早の吉田さんへ依頼があり,同時期の事務局へ,丸亀市から依頼がありました。私が塩飽の水主の担当でもあり,任されて探しておりますと。広島の青木浦の岡田源之助の子孫が、宇多津にある、塩飽学生寮の経営者の方であると解り。早速電話をしお話を伺いました。塩飽学生寮は,多くの塩飽の若者が,島からはなれて学校に通う為に造った寮である。『創設者の山口嘉次郎氏は明治8年(1875年)に市井に生まれ、塩飽の船大工から身を起こし、明治34年(1901年)に満州へ渡り、材木商を営んで活躍した。「有能な人材育成こそ万事の発展の礎」と考え、昭和12年(1937年)に教員住宅を建て、昭和15年(1940年)年に私財を投じて山口財団法人香川県興亜中学校を高松の屋島山麓に設立し、文字通り亜細亜を興すというスローガンのもと、教育に力を注がれました(興亜中学校は昭和24年に廃止)。その後、丸亀城下に塩飽学生寮を建て、塩飽諸島の生徒を大勢受け入れました。昭和29年(1954年)没。』此のお彼岸に墓参りで塩飽に帰ったら御子孫とお会いする予定です。
 昨日3/13 本島の長徳寺の住職からの電話で、数年前から,子孫の可能性のある方と連絡を取れるように調整していただいていました。
東京にお住まいのお方で,本島新在家の吉之助の子孫である事が解り早速電話をしてお話ししました。吉之助は、小笠原の航海の後函館で千石船の船頭をしていたそうで、名も大倉近兵衛と名乗っていたそうです。そこへ見習水主で入ったのが親戚の渡辺清次朗だそうです。渡辺はその後開陽丸の水主として働き明治になって日本海軍の創世記に頑張った人です。吉之助の御子孫の方は、戦争中に暮らしていた神戸の御影から、疎開をして本島の渡辺の家で生活していたそうで投じ小学校の同級生が、私の父の2番弟子です。疎開の話で、西宮の港から石船に乗り塩飽迄言ったそうでその船が、実は私のおじいさん、大熊文吉の萬栄丸だったそうです。私の爺さんは、大熊実次郎の甥の子です。
来年は、咸臨丸アメリカ就航150周年の記念の年それ迄に後少し水主の子孫探しにも力が入ります。
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明日到着か?





 寛平ちゃんの話題ですが,明日の朝到着しそうです。ロス時間3月10日朝の到着でしょう。
私が此の2ヶ月書き込んでいた、Google earth の写真です。緯度の高い所のピンマークは,一昨年の平成の咸臨丸『夢ひょうたん』の航跡です。

2009年3月9日月曜日

寛平ちゃん〜


 earth-marathonで太平洋横断中の寛平ちゃんと比企さん後一息のところ迄来ています。少し風向が悪く苦労しています。まあ、マスコミの、人たちの要求道理には走れません、それがヨットなんです。プレスリリースなんか、はよ出したらそれだけでプレッシャーです。大変でんな〜 が私の感想です。此の1週間天気図をチェックしてますが、彼らの大変さを思うだけです。第145回樹望塾は、牡蠣づくしで大変おいしかったです。生の伊勢の牡蠣おいしかったです。ぷりぷりのモモちゃんの牡蠣、おいしいカキフライと土手鍋、極め付きは、ももちゃんの牡蠣のクリーム煮 そこらのレストランのよりおいしいで〜 (シェフ酔人漫)寛平ちゃんロスに着いたら焼肉やで〜〜

2009年3月2日月曜日

もう3月



先週は,それなりに忙しく,芦屋の現場も順調に取付けが進んでいます。私は土曜日に,柏原のリフォームの工事の現調&打合せで朝から電車で柏原へ、天気が良く久々きれいな山や空を見ました。9日から工事に入る予定を決めて、帰社、午後から,ハーバーで,友人に頼まれた,牡蠣パーティを覗きに行きました。おいしい牡蠣が並んでいました。日曜日は,朝9時過ぎからセーリング連盟のジャッジの講習会、2時に終わりましたが,ついでにレースオフィサーの講習も参加しました。ルールの改定による変更点があり,今年のレースの帆走指示書等の書き換えに必要な事を教わりました。
夕方5時から,歴史作家の三十里先生ご夫婦と南のふぐ屋で食事、鐵五郎さんやおじょもさんも参加して,楽しい宴会になりました。先生の久々の大阪取材の話で盛り上がりました。忙しい週末でした。今週木曜日は、樹望塾,新鮮な牡蠣を、みんなで楽しみます。